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「ギリシャ神話」に学ぶ、組織を導く知恵

採用した若手社員が、すぐに辞めてしまったり、モチベーションがなかなかあがらなかったり……。人材育成に悩む経営者やリーダーは、少なくありません。仕事に対する考え方や、会社との関わり方が、時代の流れとともに大きく変わってきていることも、若手を育てることが難しいと感じる要因の一つでしょう。
本稿では、そんな悩みを解決するヒントになるような、「ギリシャ神話」から作られたビジネス用語を、背景にある逸話とともにご紹介します。

変化の時代に適したキャリア理論

近年、「プロティアン・キャリア」という言葉が注目されています。
これは、1976年にダグラス・ホール氏によって提唱されたキャリア理論です。
実は、このプロティアン・キャリアは、ギリシャ神話に登場するプロテウスという神に由来しています。

プロテウスは「海の老人」と呼ばれており、海神ポセイドンの従者です。
未来を予言する力があり、火や獣、大樹など、変幻自在に姿形を変える能力を持っていることから、「変化し続ける」「変幻自在」という意味を持つ「プロティアン」という言葉の語源になっています。

つまり、プロティアン・キャリアとは、自分のキャリアを自由に変化させていくという考え方です。
それが今、注目されている理由は、時代に適応したキャリア理論だからでしょう。

一昔前であれば、一つの会社に定年まで勤めることが珍しくなかったため、出世や給料アップをめざして、長い目で見て、時間をかけて社内での評価を高めていくことが一般的でした。
しかし、年功序列や終身雇用が崩壊した現代においては、転職することによってキャリアアップを図る人も増えているでしょう。
また、M&Aや技術革新によって、会社を取り巻く環境が大きく変わることも、少なくありません。

その中で、企業や組織を主体としたキャリア形成には、常に不安定さが付きまとうような側面もあります。
これまでのように、一つの会社に長く所属することで、自然と昇格し、給料があがっていくとは限らないからです。
だからこそ、目まぐるしく変わる環境に適応できるよう、自身のキャリアを変化させていく能力「アダプタビリティ(適応力)」が必要だと、ダグラス氏は提唱しています。

その一方で、土台となる考えもなく、キャリアを変化させるために次々と転職を繰り返すだけだと、連続性のある経験や知見の蓄積は難しいでしょう。
そのため、ダグラス氏は「アダプタビリティ」とともに、「アイデンティティ(自分らしさ)」も重要になると説いたのです。

旧来のキャリア形成においては、組織の中で自分は何をすべきか、という軸で、思考や行動を選択することが多くありました。
一方で、「アダプタビリティ」と「アイデンティティ」を重視するプロティアン・キャリアでは、環境に適応することに加え、「自分が何をしたいのか」「自分らしく働くとはどういうことか」といった判断基準で考えます。

つまり、プロティアン・キャリアとは、社会の変化に応じて、自分の意思に基づいて姿を変えながら、自由にキャリアを形成していくことだといえるでしょう。
近年は、転職が特別なことではないので、非常に魅力的な考え方です。

会社として、キャリア形成を支援する

「それでは会社への帰属意識がますます薄くなり、転職を助長してしまうのではないか」と、不安視する人もいるかもしれません。
この理論において、その一面を否定することはできませんが、社内で実現することができれば、会社にとってプラスとなる側面もあります。

まず、組織内における地位や給与に縛られないので、組織という枠組みに馴染めない社員であっても、自律的にキャリアを形成していくことができるようになるでしょう。
その結果、周囲の評価を意識するあまり、仕事が苦痛だ、というジレンマから解放され、仕事そのものの楽しさを感じながら働いてもらいやすくなります。働きがいが生まれれば、組織へのエンゲージメントも、今より高まるかもしれません。

また、社員が自分らしく働けるように、会社として支援することで、離職を防ぐこともできるのではないでしょうか。
経営者やリーダーであれば、部下との面談を通じて、自分らしい働き方とは何か、仕事を通じて何を実現したいのかを一緒に考えるのです。
チャレンジングな業務や研修など、学びや成長の機会を用意することで、仕事そのものの楽しさを実感できれば、この会社でもっと働きたいと思ってもらえるでしょう。

その他、社員が働きながら新しい知識やスキルを学ぶ“リスキリング”をサポートする、部署異動の要望を出せる制度を構築する、社内兼業や副業を認めるなど、転職しなくても新たなキャリアに挑戦できる環境を整えるのも良いです。

しかし、自分軸で考えることは、一歩間違えれば、単なる“わがまま”になりかねません。

実は、プロテウスが様々なものに姿形を変えるのは、「予言の力を使いたくない」という自分の意思を貫こうと、予言を求めて来訪する人から逃げたり、身を隠したりするためという、ネガティブな理由が多いのです。
ただ、ギリシャ神話で語られるプロテウスのエピソードの大半は、変幻自在の力によって予言を求める人から逃げおおせたという話ではなく、格闘の末に観念して予言するというもの。

もし、社内でプロティアン・キャリアを推進する場合は、こうしたエピソードとともに、自分らしさを貫こうとしても、上手くいかないことがあるということを、同時に教えておくと良いかもしれません。

自分の意思を大切にした、自由なキャリア形成といっても、嫌なことから逃げる、大変な仕事を放棄するだけでは、自分のためにならないでしょう。
あくまでも前向きな、自身の成長につながる決断であって欲しいものです。

仕事には、必ず意味がある

経営者やリーダーは、日々、多くの部下をマネジメントしなければなりません。
なかには、なかなか仕事に対するモチベーションがあがらず、成長の兆しが見えない部下もいるでしょう。
ここからは、モチベーションがあがらない原因のひとつとして、「シーシュポスの徒労」をご紹介します。

仕事をしていると、延々と終わることのないように感じる業務に対して、気持ちが萎えてしまうことがあるでしょう。
なかなか結果が出ないことで、徐々に、仕事への意欲が低下してくこともあるかもしれません。
そんな虚しさを感じる労働のことを、ギリシャ神話になぞらえて「シーシュポスの徒労」と呼びます。

シーシュポスとは、神々の怒りを買い、大きな岩を山頂まで運ぶという罰を受けた人物です。
しかも、苦労してようやく山頂まで大岩を運んでも、神の力によって、その大岩は山頂から転げ落ち、再度、山頂まで運びあげなければなりません。そして、この意味のない労働は、永遠に続きます。

日本における、賽の河原の石積みの刑を思い出した方もいるのではないでしょうか。
石積みの刑でも、子供たちが功徳を積むために、賽の河原で石を積んで仏塔を作ろうとするものの、もう少しで完成するというときに鬼が来て、仏塔を崩してしまいます。

ただ、ビジネスにおいては、シーシュポスの徒労ということはないはずです。仕事には必ず、それを行う意味があるでしょう。
それなのに虚しさを感じ、モチベーションが低下してしまうのは、ゴールが遠すぎて、成果を感じられなくなっているからではないでしょうか。
もしくは、最終目標となる、大きな結果ばかりに目を向けてしまっているのかもしれません。

その場合は、業務を振り返る機会を短期間、かつ定期的に設けて、小さな成果をきちんと認識できるようにしましょう。
そうすることで、「ゴールに少しずつ近づいている」「確実に成果が積みあがっている」ことを実感でき、モチベーションを維持することにつながります。
完遂までの中間目標地点である、マイルストーンを設置してあげることも有効です。

具体的な方法としては、定期的に部下との1on1を実施し、業務の進捗を一緒に確認してあげたり、ロードマップを作成し、常に現状位置を確認できる環境を作ってあげたりすると良いでしょう。

「まだ、それしかできていないのか」「効率が悪い、意味のないことをするな」というような、積んだ石を崩すような言動にも注意してください。
進捗が悪いのであれば、なぜ進んでいないのかを、非効率だと感じるようであれば、より生産性をあげる方法を一緒に考えてあげることで、よりパフォーマンスがあがっていくはずです。

業務を振り返るためには、自分がしてきたことを俯瞰して眺める必要があるため、近視眼的になっていた視界を一度リセットして、現状を冷静に捉え直す機会になるというメリットもあります。

また、経営者やリーダーは、そもそも、部下に作業をお願いする段階で、シーシュポスの徒労にならないよう、留意しておくべきでしょう。
特に、まだ経験の浅い若手社員には、細かくゴールを設定することによって、小さな成功体験をたくさん感じさせてあげることが重要です。
さらに、何のために、その仕事をお願いしているのか、結果的にどのような成果につながるのか、といったことも伝えれば、やりがいや働くことの意味を実感させることもできます。

自分が確実に会社に貢献しているという意識が、愛着や誇りを形成していくのです。

おわりに

今回は、「キャリア形成」と「モチベーション」に関する二つの言葉をご紹介しました。
変動性、不確実性の高い現代社会において、自らのキャリアに不安を抱きながら、日々の業務に励んでいる人も多くいるでしょう。
そんなビジネスパーソンをマネジメントする立場にある経営者やリーダー、ひいては会社として、明るい未来や道を示してあげることは、組織作りにおいて非常に重要なことだといえます。
まだ、明確な将来像を持っていない新社会人や若手社員には、そうしたサポートがより必要なのではないでしょうか。

当初作成日:2021年4月13日
(記事提供元:株式会社プレジデント社 企画編集部)

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